デメモロコ濃尾型





■はじめに
デメモロコ Squalidus japonicus japonicus は コイ科カマツカ亜科スゴモロコ属に分類され、琵琶湖淀川水系と濃尾平野のみ分布するという他の魚種に類似しない特異な分布を示す魚です。 この魚は地味で他のモロコ類との区別が難しいためか、正確な情報や資料は少なく注目されることもほとんどありません。 「山渓カラー名鑑 日本の淡水魚」(山と渓谷社、初版〜改訂版)によると、濃尾平野のものは琵琶湖のものに比べて小形で、 体側暗点列が遅くまで残存するという形質的な差異が記されています。 その他にも両産地を見比べるといくつか異なる点があったためここに報告します。


上の写真はどちらもデメモロコですが同じ種類に見えますでしょうか。 便宜上ですが両者をそれぞれ琵琶湖型(琵琶湖淀川水系在来集団)と濃尾型(濃尾平野在来集団)として当サイトでは扱うことにします。 出来る限り客観的なデータを得ようと考えましたが、サンプルが思うように集まらず、未整理のまま公開するに至りました。 更なるデータが集まった場合は追記する予定です。



■各部の長さ
採集したデメモロコを10%ホルマリンで固定し、ノギスを用いて左体側部における各形質を測定しました。 最小単位は0.1mmまでとし、それ以下は四捨五入しました。 測定表の上部には採集地域と( )内は更に狭い地域をアルファベットで示し、 下部には採集固定日を記しましたが、採集日と固定日が異なる場合は採集日を載せました。 濃尾平野産は未成魚以下の標本を多数所蔵していますが、 琵琶湖産は全長50mm未満(最小42.5mm)が2個体しか採集できなかったため、 未成魚以下の形質比較は行わず、全長50mm以上の成魚と思われる個体を選んで測定しました。 比較した標本が少なく必ずしも有効なデータとして使えるとは言えませんが、 傾向としてある程度は見えて来るのではないかと思われます。 ここでは取り上げなかった条数や鱗数などは「日本のコイ科魚類」(資源科学研究所)に 濃尾型と思われるものが掲載されていますのでご参考にして下さい。

測定した各部
全長1-8体の前端から尾鰭を中央に寄せた後端までの距離
体長1-7吻端から下尾骨の後端までの距離
頭長1-6吻端から鰓膜後端までの距離
吻長1-2吻端から眼の前縁までの最短距離
体高9-10鰭を除く体の最も高いところの垂直距離
尾柄高11-12尾柄部の最も低いところの垂直距離
上顎長1-16上顎前端から上顎後下端までの距離
口髭間 下面の左右にある口髭起点間の距離
眼径2-5眼を横切る水平線の距離
瞳孔径3-4瞳孔を横切る水平線の距離
口髭 口髭起部から先端までの距離
腹鰭臀鰭間15-13腹鰭起部から臀鰭起部までの距離
肛門臀鰭間14-13肛門から臀鰭起部までの距離
A 口髭÷眼径=A
B 肛門臀鰭間÷口髭間=B
C 頭長÷体長=C%

琵琶湖(北湖) 滋賀県
No.全長体長頭長吻長体高尾柄高 上顎長口髭間眼径瞳孔径口髭腹鰭
臀鰭間
肛門
臀鰭間
ABC
192.373.920.96.715.26.8 5.55.85.12.22.517.74.70.490.8128.28
284.067.018.35.313.66.0 4.84.84.92.21.914.84.30.390.9027.31
378.063.017.05.112.85.7 4.84.54.52.11.515.04.20.330.9326.98
477.361.816.55.012.35.6 4.93.94.32.01.715.04.30.401.1026.67
577.261.417.05.112.25.6 5.04.34.62.01.714.83.70.370.8627.69
676.961.216.94.812.85.4 4.23.94.42.11.314.64.50.301.1527.61
776.260.516.44.712.25.3 4.54.04.32.11.213.94.20.281.0527.11
875.760.616.54.911.85.5 4.43.94.32.11.714.34.00.401.0327.23
974.959.716.54.811.75.5 4.54.04.42.11.214.13.30.270.8327.64
1074.558.216.34.911.55.3 4.23.84.22.01.213.63.60.290.9528.01
No.2,6:2004年9月19日  No.1,3-5,7-10:2004年9月26日

琵琶湖(南湖) 滋賀県
No.全長体長頭長吻長体高尾柄高 上顎長口髭間眼径瞳孔径口髭腹鰭
臀鰭間
肛門
臀鰭間
ABC
1106.285.824.88.118.97.3 7.66.16.93.20.621.95.90.090.9728.90
283.268.920.06.415.26.6 5.94.95.02.30.415.44.10.080.8429.03
370.356.915.24.712.55.1 4.53.64.11.80.512.93.40.120.9426.71
465.452.314.34.311.04.7 4.33.23.71.60.212.02.80.050.8827.34
561.349.013.23.711.54.4 3.53.23.31.21.010.33.00.300.9426.94
660.148.214.73.811.34.6 3.73.23.81.60.411.52.60.110.8130.50
No.1-4,6:2003年7月20日  No.5:2003年7月27日

琵琶湖(詳細地域不明) 琵琶湖文化館提供個体
No.全長体長頭長吻長体高尾柄高 上顎長口髭間眼径瞳孔径口髭腹鰭
臀鰭間
肛門
臀鰭間
ABC
175.561.716.25.112.95.5 4.53.64.42.11.514.54.10.341.1426.26
275.762.117.05.213.35.3 4.63.94.52.01.616.04.40.361.1327.38
No.1-2:採集日不明(1995年10月31日固定)


濃尾平野(a地域) 愛知県
No.全長体長頭長吻長体高尾柄高 上顎長口髭間眼径瞳孔径口髭腹鰭
臀鰭間
肛門
臀鰭間
ABC
172.557.516.35.013.75.5 4.35.14.21.92.513.03.50.600.6928.35
272.458.316.34.515.06.1 4.74.84.11.91.813.23.20.440.6727.96
372.457.815.94.115.05.8 3.73.93.91.92.013.32.90.510.7427.51
471.457.215.84.613.15.5 4.14.14.11.81.812.42.90.440.7127.62
568.555.415.74.813.45.6 4.14.23.91.81.713.43.00.440.7128.34
667.653.315.34.812.25.1 3.84.43.91.91.511.92.70.380.6128.71
766.853.414.84.212.45.3 3.84.23.81.82.312.32.90.610.6927.72
864.350.714.34.411.74.9 3.63.93.61.71.311.32.60.360.6728.21
961.247.913.33.811.34.5 3.33.73.31.51.011.22.00.300.5427.77
1060.547.713.03.712.44.2 3.43.63.51.51.410.82.20.400.6127.25
No.1-10:1998年10月3日

濃尾平野(b地域) 岐阜県
No.全長体長頭長吻長体高尾柄高 上顎長口髭間眼径瞳孔径口髭腹鰭
臀鰭間
肛門
臀鰭間
ABC
185.069.519.05.215.76.2 4.85.55.22.12.916.73.90.560.7127.34
264.551.214.04.113.04.8 3.63.53.71.71.211.72.20.320.6327.34
363.449.914.04.011.24.7 3.93.93.91.81.511.52.00.380.5128.06
463.349.013.54.311.44.8 3.13.33.61.80.810.72.50.220.7627.55
558.445.013.03.810.04.4 3.03.23.21.51.09.82.40.310.7527.89
655.644.311.83.612.24.3 3.13.23.11.30.69.22.00.190.6326.64
751.340.111.33.011.04.0 2.73.13.11.20.58.71.90.160.6128.18
No.1:2004年12月3日(翌日固定)  No.2:1996年5月18日(翌々日固定)  No.3:1998年3月28日
No.4:1996年1月27日(翌日固定)  No.5:1998年12月12日  No.6-7:2003年7月5日(翌日固定)

濃尾平野(c地域) 岐阜県
No.全長体長頭長吻長体高尾柄高 上顎長口髭間眼径瞳孔径口髭腹鰭
臀鰭間
肛門
臀鰭間
ABC
155.744.011.53.39.34.1 2.93.23.31.40.510.92.40.150.7526.14
No.1:1996年12月27日



■口髭の長さの関係
デメモロコは「日本の淡水魚」(山と渓谷社、初版〜改訂版)によると口髭は瞳の径の3分の2以下とされ、 「日本産魚類検索」(東海大学出版会)には口髭は瞳孔径より短いとあります。 瞳孔径より口髭の方が長いとされるスゴモロコ(コウライモロコを含む)と区別する大きな判断材料と考えられています。 しかし、琵琶湖と濃尾平野の両産地でそれを超える個体を採集しました。 これによりデメモロコとスゴモロコ(コウライモロコを含む)を区別する際に、 口髭と瞳孔径の関係は必ずしも決定的ではなく傾向として捉えるべきものと考えられました。 また「原色日本淡水魚類図鑑 改訂版」(保育社)には、 デメモロコの口髭は眼径の半分程度で、スゴモロコは3分の2程度の長さとされています。 「口髭÷眼径=%」を50mm以上の成魚を対象に計算してみました。 琵琶湖型5〜49%(平均28%)、濃尾型15〜61%(平均38%)となりました。 琵琶湖型の口髭は眼径の半分以下ですが、濃尾型の中には最大61%の個体も見られ、 口髭は眼径の半分程度(50%)というよりも3分の2程度(67%)に近く、 口髭と瞳孔径の関係と同様に必ずしも当てはまらない結果となりました。 測定していない未成魚以下の口髭を見ても個体によって長短があり、 結論的には口髭を使った同定方法には限界があると考えられました。 「淡水魚 9号」(財団法人淡水魚保護協会)によると、 後側頭管上の開孔数は接続部の両端を含め、スゴモロコは11未満でデメモロコは13以上とされており、 同定にはこの区別方法を重視する必要があると思われますが、濃尾型と琵琶湖型で違いが出るかは不明です。

■口髭間の関係
上顎長と口髭間の関係を見ると、琵琶湖型は上顎長の方が長く、濃尾型は口髭間の方が長いもしくは同程度でした。 これは濃尾型よりも琵琶湖型の方が上顎が突き出ているということになります。 上の写真はほぼ同じ全長の個体を使い比較しました。青線は口髭間の中心に口髭間と同じ長さの線を垂直に引いたものです。 垂直線は琵琶湖型は下唇手前ですが濃尾型は下唇を大きく超えています。 この関係は測定していませんが多数の標本を見る限り両型とも一致する特徴のようです。 上の写真の両端にある口髭を垂直に伸ばし下唇の位置で四角形になるように繋げると、 琵琶湖型は縦長の長方形になり濃尾型は横長の長方形になります。 これらの関係は琵琶湖型と濃尾型の区別点の1つだと思われます。 琵琶湖型は口髭間が短く肛門臀鰭間は長い傾向にあり、 濃尾型は口髭間が長く肛門臀鰭間は短い傾向にあります。 それを使って「肛門臀鰭間÷口髭間=%」を50mm以上の成魚を対象に計算したところ、 琵琶湖型81〜114%(平均96%)、濃尾型51〜76%(平均67%)となりました。 これは両型間で重ならず平均で29%の開きがあり、 重視できる区別点として示すことが出来ました。



■両型の形質的相違点のまとめと概要
デメモロコは琵琶湖型と濃尾型の同定以前に他のスゴモロコ属との同定も容易ではありません。 私が所有するデメモロコとして紹介されている写真のある図鑑類のうち、 スゴモロコと思われるものが3冊、イトモロコと思われるものが5冊ありました。 この計8冊を利用者がデメモロコと判断すると、更に誤同定が広がってしまうことになります。 分布域以外でデメモロコの確認記録を見かけますが、 ほとんどは他のスゴモロコ属との誤同定で、何らかの放流に混入したものは希だと考えられます。 濃尾平野の南東方向にある岡崎平野は、濃尾平野の一部としてしばしば誤解されていますがデメモロコは分布しません。 しかしアユ放流からの混入や木曽川から水を引く愛知用水の影響で、デメモロコが侵入しても不思議ではありません。 関東平野など各地でスゴモロコが定着しているにも関わらず、 デメモロコが定着しているという情報はほとんどなく、これから見つかる可能性はあるかもしれません。

琵琶湖型 濃尾型
肛門から臀鰭起部間÷口髭間=81〜114%(平均96%) 肛門から臀鰭起部間÷口髭間=51〜76%(平均67%)
口髭間の中心に口髭間と同じ長さの垂直線を引いた場合に下唇に届かないもしくは同程度 口髭間の中心に口髭間と同じ長さの垂直線を引いた場合に下唇を超える
口髭は眼径の半分以下 口髭は眼径の半分以上の個体も存在する
口髭間より上顎長の方が長いもしくは同程度 口髭間より上顎長の方が短いもしくは同程度
腹鰭起部から臀鰭起部までの距離より体高は低いもしくは同程度 腹鰭起部から臀鰭起部までの距離より体高は高いもしくは同程度
全長9cm以上の個体も見られる 最大全長123.4mm 全長9cm以下 最大全長85.0mm
全体的に暗色胞が少なく、大きさは小さく色は薄い 全体的に暗色胞が多く、大きさは大きく色は濃い
側線上下の暗色胞は小さくて薄い 側線上下の暗色胞は大きくて濃い
尾部の縦帯の暗色は薄い 尾部の縦帯の暗色は濃い
尾柄部の側線より下面の鱗は薄い銀白色で、腹縁に暗色胞の小点列が見られないもしくは非常に薄く点が少ない 尾柄部の側線より下面の鱗は透明感があり、腹縁に暗色胞の小点列が見られる
背鰭起部より前方の背面にある鱗は網目状になることは少ない 背鰭起部より前方の背面にある鱗は網目状になることが多い
虹彩全体が濃い暗色胞で包囲されることは希 虹彩全体が濃い暗色胞で包囲されることがよくある
吻端はやや尖る 吻端はやや丸みを帯びる
尾鰭両葉の後縁はやや尖る 尾鰭両葉の後縁はやや丸みを帯びる
【分布】琵琶湖淀川水系(滋賀県・京都府・大阪府)。各地で放流に伴って見つかるものは琵琶湖型と思われる。
【地方名】スゴジモロコ。モロコ。スゴモロコと混同されているため固有名は少ない。
【生息水域】静水または緩流で泥底の浅い場所で確認した。
【飼育】雑食性で飼育は容易。驚くと頭を下に向けるが徐々に降下するように泳ぐことが多い。
【利用】食用目的でモロコ釣りの対象になることもある。臭みがあり特に美味しいわけではない。観賞用に出回ることは希です。
【分布】濃尾平野(愛知県・岐阜県・三重県)。 「日本のコイ科魚類」(資源科学研究所)に記されている三重県三重郡川越村は員弁川・朝明川水系と考えられ伊勢平野の最北部にも分布していた可能性がある。それが濃尾型かどうかは不明で現在は絶えたものと思われる。
【地方名】モロコ。シロモロコという記載もあるが私は一度も耳にしない。スゴモロコとの混称でムギツキと呼ばれることがある。
【生息水域】静水または緩流で泥底の浅い場所で確認した。
【飼育】雑食性で飼育は容易。驚くと頭を下に向けて砂に潜ろうとする。
【利用】他のモロコ類と一緒に佃煮にされる程度。臭みがあり特に美味しいわけではない。観賞用に捕獲され1尾500円程度で売られている。

上記した形質的相違点は天然個体の平常時(緊張時や睡眠時などは色が薄くなる)の成魚(全長50mm以上)に関しての傾向であり決定的な同定方法ではありません。 例えば吻端や尾鰭両葉が丸みを帯びているからというだけで濃尾型と同定できるわけではありません。 総合的に判断することによってある程度の同定が可能になると思われます。 両型の差異はホンモロコとタモロコ、ヒガイ(ビワヒガイ型)とヒガイ伊勢湾周辺種という関係に似ています。 おそらく濃尾型が原種となり遊泳生活に適した形質に琵琶湖型が変化した結果かもしれません。



■濃尾型の生活史
4〜6月頃に卵を持った雌が捕れるためこの頃が産卵期と考えられる。 採集による印象では7〜8月(10〜20mm)、9〜11月(30〜60mm)、12月〜6月(40〜70mm)が捕れることが多い。 産卵期を過ぎた7〜8月頃になると成魚をほとんど採集することが出来なくなるため、 自然下では1年で成熟し産卵後に半数以上は死んでいるのではないかと思われます。 環境などの要因によっては年魚ではなくそれ以上に生きる個体もいると考えられます。 生息環境はミナミメダカなどが好むほとんど流れがない水路でその底層付近でよく見られます。 飼育下では雑食性で驚くと底に潜ろうとすることが多いです。



■濃尾平野(d地域)
1991年夏頃に濃尾平野(d地域)でデメモロコを確認しましたが標本はありません。 当初ここはデメモロコ、カワバタモロコ、ゼゼラ河川集団、トウカイコガタスジシマドジョウなどが多産し、 投網を1打すればデメモロコの成魚が5尾以上は捕れるほどのところで、 翌年の春も同じような状況だったと記憶しています。移入生物も少なくとても良い環境が残っている場所でした。 それから1〜2年後に知り合いと再び採集に出かけました。2人で投網を10回ほど打ったと思いますが、 捕れるのはフナ類(ゲンゴロウブナ?)、オオクチバス、ワタカ、タイリクバラタナゴ、コイ、ツチフキなどで魚相が大きく変化していました。 デメモロコは1尾のみ捕れましたが、見た瞬間に以前に捕ったデメモロコとは形質的に異なると思いました。 この時に捕ったデメモロコは琵琶湖淀川水系産ではないかと私の調査記録にも記されています。 魚相の変化を見ても今まで2回の採集では1度も見たことがない魚がほとんどで、 フナ類(ゲンゴロウブナ?)、オオクチバス、ワタカが特に多く捕れたため、何らかの放流があったものと推測されました。 その後にこのd地域周辺はフナ類やコイなどの放流が盛んなことを知りました。 ようするにフナ類などの放流にデメモロコ琵琶湖型が混入し、元々デメモロコ濃尾型が生息していた地域で捕れたと考えられました。

濃尾平野(d地域) 岐阜県
No.全長体長頭長吻長体高尾柄高 上顎長口髭間眼径瞳孔径口髭腹鰭
臀鰭間
肛門
臀鰭間
ABC
140.330.68.72.46.63.1 1.92.12.00.90.46.81.40.200.6728.43
No.1:1998年11月23日

d地域周辺は似たような環境がいくつかあり互いに水系が連絡しあっていています。 1991年夏頃に捕った場所から1kmほど離れた場所で、1998年11月23日に1尾を採集しましたがそれ以降は確認できていません。 未成魚ではありますが形質を見る限りは濃尾型の範囲に入ると思われます。 しかし両型の交雑個体だった場合はそれを見抜くすべが私にはありません。

■濃尾平野(e地域)

濃尾平野(e地域) 岐阜県
No.全長体長頭長吻長体高尾柄高 上顎長口髭間眼径瞳孔径口髭腹鰭
臀鰭間
肛門
臀鰭間
ABC
189.771.619.15.417.27.5 5.35.15.42.22.117.34.50.390.8826.68
280.064.116.14.813.96.1 4.14.24.11.61.214.93.90.290.9325.12
362.249.312.73.711.34.4 3.24.03.51.51.311.52.90.370.7325.76
No.1:2004年12月19日  No.2-3:1998年12月13日


d地域の下流側に当たるところにe地域があります。ここは1993年10月頃に漁師さんが刺網をしていて、 大量に捕れたスゴモロコなどの中にデメモロコが数尾ほど混じっていました。 この場所へは何度も通い漁師さんに捕れた魚をよく見せて頂いていましたが、 デメモロコは年々その数を減らして行き、スゴモロコが300尾ほど捕れても1尾も見当たらないこともありました。 1998年12月13日にデメモロコ2尾を譲ってもらい標本にしました。 それが上記の表のものです。測定した形質を見て頂きたいのですが、 No.2は全長80.0mmと大きく「口髭間÷肛門臀鰭間=93%」で口髭間と下唇の関係などは琵琶湖型と合致しましたが、 尾鰭両葉の後縁の尖り具合が弱く体側に暗点が目立ち若干ですが濃尾型にも似たところがありました。 No.3は「口髭間÷肛門臀鰭間=73%」で口髭間と下唇の関係などは濃尾型と合致しましたが、 全体的に暗色胞が少なく吻端がやや尖るような印象を持ちました。 両型の中間的とまではいえないもののNo.2はどちらかといえば琵琶湖型でNo.3はどちらかといえば濃尾型でした。 その後に釣り人から頂いたNo.1は琵琶湖型に当てはまるところがありました。 (※体側部暗斑が認められるなどスゴモロコとデメモロコ濃尾型の交雑個体である可能性もあるため何れ精査します)


上の写真は3地域の未成魚ですがe地域の個体は琵琶湖型と濃尾型の中間的な印象を持ちます。 同地域で同時に琵琶湖型や濃尾型と思われるものが捕れると言う事は、 両型の形質的な差は個体差に過ぎないということか、琵琶湖型と濃尾型が混在するということか、 両型の交雑個体なのかの何れかを示すとものと考えられました。 私が1993年10月頃に見たデメモロコは透明感が強く体高が高く大きさも小さく濃尾型の特徴を示していました。 このe地域ではd地域と同様にワタカやハスなどが見られ琵琶湖由来の魚が目立ちますし、 e地域自体へフナ類やコイの放流も行われていると聞いています。 私の推測ではd地域同様に元々濃尾型の生息地域に琵琶湖型が侵入したものだと考えられました。 そしてe地域は琵琶湖型か濃尾型かそれとも交雑個体の何れかではないだろうかという結論です。 これらの理由によりd-e地域のデメモロコは濃尾平野で採集しましたが琵琶湖型と濃尾型との形質比較には使用しませんでした。



■濃尾型の現状
1990年頃から濃尾平野に生息するデメモロコに関心を持って接して来ましたが、 生息地域も生息数も少なく琵琶湖由来の魚種の放流などもあり、 現状がわかって行く度に危険な状態にあると思えてきました。 そのため多くの方にデメモロコの危機を訴えたのですが、絶滅危惧種などの肩書きもなく他のモロコ類と混同されやすく、 正確な現状すら全く知れ渡っていない魚への反応は冷ややかなものでした。 某博物館にデメモロコが所蔵されいるというので見せて頂いたのですが、 スゴモロコだったため、こちらからデメモロコを持って行って寄贈したほどです。 その博物館が出版した文献に掲載されているデメモロコは写真を見る限りはほぼ間違いなくイトモロコでした。 指導すべき立場の機関ですらこの状態で、非常に関心が薄く更に危機感を抱きました。 魚の危機を訴えるということは同時にその魚の希少価値を吊り上げるものであり、 観賞用の乱獲や無計画な放流など問題も起きやすくなります。 しかしまずは現状を広く知ってもらうため1997年に「ボテジャコ」(魚類自然史研究会、創刊号)において細谷和海氏と共著で、 濃尾平野のデメモロコは減少が著しいということを記させてもらいました。 その後も紙媒体やインターネットにおいても啓発しました。 それまでは濃尾平野のデメモロコが減少しているという資料すら見つけることはありませんでしたが、 近年では「日本の淡水魚」(山と渓谷社、初版〜2版)に見られなかった記述が「日本の淡水魚」(山と渓谷社、改訂版)には「濃尾平野のデメモロコは激減している」と追記されたり、 「日本の重要湿地500」(環境省自然環境局)に「木曽三川合流域の河川・水路・ため池群」が指定され、 選定理由として「イタセンパラ、デメモロコの生息地」とされています。 その一方で正確な情報は相変わらず少なく「岐阜県レッドデータブック」(岐阜県)では「情報不足」として扱われています。 その後2007年に環境省の「レッドリスト」に「絶滅危惧II類」として掲載されました。


■主要な生息地域は2地域
実際に濃尾型はどこにどれほどいるのかと言えばc地域は生息地消失により絶滅したと考えられます。 d-e地域は上記したように琵琶湖型の侵入の可能性や生息数が非常に少ないことから濃尾型の生息地域として重要視できません。 数年前に同水系にもう1地域あると教えて頂いたことがありますが私は未確認です。 うなたろうさんによると私は未確認の水系で稚魚を採集したことがあるそうです。 どんすけさんによるとa地域と同水系ながら約3km離れた場所でも採集されその個体は私も確認しました。 どの生息地域も年間を通して確認できず、それが濃尾型かどうか今後の課題があります。 a地域は冬季以外は他地域と比べて安定して確認できます。特に10月頃は釣りをすると入れ食い状態になるほどです。 b地域はほぼ年間を通して確認できます。濃尾型の主要な生息地域はこの2つのみと考えて良いと思います。 a地域はかつて水生植物が多く生物も多様でしたが、現在は護岸工事が進んで生息環境は悪化しデメモロコは減少しています。 b地域の個体は人工池を借りて緊急避難的な保護活動が行われましたが現在の状況は把握できていません。 近年は湿地が埋立てられ素掘りの水路がU字溝になり、オオクチバスも確認されるようになりました。 またタイリクバラタナゴが年々増えており、餌の争奪などによる悪影響も心配されます。

■見守る保護
濃尾型は先に記した2地域で見られなくなってしまった場合は自然絶滅を意味します。 早急に遺伝学的分析とその遺伝子の保存、然るべき機関での累代飼育などが待ち望まれます。 こうした内容を記すと間違ったメダカ類保護に代表されるような善意による問題が発生しやすくなります。 数々ある地域ぐるみの活動を思い起こすと、 生息地公開による乱獲、保全という大義名分で行う生息地改変による生息数減少、 遺伝的多様性を考慮しない金太郎飴方式の増殖と放流、 特定の種類のみへの保護対策による他生物への悪影響など、 取り返しのつかない保護対策を安易に行っている様子が散見されます。 2地域の現状を考える限りは、信頼のおける人たちが連絡を取り合い、 騒がず見守って行くことが現段階では大切だと思います。 ただし、水辺の工事計画が持ち上がったりした場合は、 工事関係者などに濃尾型の存在を伝えて配慮をお願いするなど、 生息地域の状況を出来る限り把握して迅速に対応したいところです。 デメモロコ生息地(天然記念物)というような立札を立てて、 増殖だけに勢力を傾ける時代は終わったと思います。 これからは水面下で地道に見守ってゆく体制が望ましいでしょう。



■まとめ
当ページは琵琶湖型と濃尾型の分類目的ではなく、放流によって失われる集団とその大切さを訴えるために作成しました。 これからも安易な放流が行われる限りはd-e地域のようにデメモロコ濃尾型という地域集団の永存を脅かすことになります。 何とか防ぎたいという気持ちはあっても放流は誰でも容易に出来る行為のため防ぎようがありません。 組織や個人を問わず釣り目的にヘラブナなどの放流は無くなる様子もありません。 ニッポンバラタナゴとタイリクバラタナゴの交雑問題と同様な事態を生まないためにも更なる実態調査と放流の抑制が不可欠です。 また遺伝学的なアプローチがないため今後はそうした方面からの研究が進むことを切望します。 ただし、濃尾型は研究用であってもサンプリングには十分に配慮しないと更なる脅威に繋がりかねません。 私も自身の採集で影響が出ないように心掛けているつもりです。 デメモロコに限らず全国各地に地域固有の集団が存在します。 それが種や亜種などという大枠分類ではなく小さな違いであったとしても、 長い年月をかけて地域独自に変化した彼らを人間の身勝手な放流で消し去ってはいけません。 彼らを失うことは簡単ですが再び戻すことはできないのです。 人間の娯楽や趣味として放流が行われている場合、もう少し失う彼らの大切さも考えてほしいと願って止みません。

■追記
このページは当サイト開設(1999年8月27日)より「濃尾平野のデメモロコ」として掲載し、 2003年8月5日に「デメモロコ濃尾型」と改題して情報量を増やし、 琵琶湖産と濃尾平野産は形態形質で識別可能ということに触れました。 そして2007年3月10日に「スゴモロコ類およびデメモロコの遺伝的集団構造と形態変異,第44回魚類自然史研究会,柿岡諒ほか」において、 濃尾型はミトコンドリアDNAにおいて多系統的で、琵琶湖型と特に近縁ではなかったという発表がありました。 形態形質に加えて遺伝的にも両者は異なることから、研究が進展すれば亜種以上として分類される可能性もあります。 少し気が早いですが「日本のコイ科魚類」によるとデメモロコの基亜種は1883年の琵琶湖産でSqualidus japonicus japonicus が琵琶湖型に当てられます。 名古屋の Kachi River (春日井市勝川町?)から1914年に記録があり、 これが濃尾型と推察されますが、現在は同地および周辺での生息は確認されていません。


たくみさんに は琵琶湖型の情報と長時間に及ぶ採集にお付き合い頂きました。 向井貴彦さんには形質などに関してご指導を頂きました。 どんすけさんうなたろうさんに には濃尾型の生息状況を教えて頂きました。 その他にも多数の方々にご協力を頂き当ページを作ることが出来ました。ご協力下さった方々に心から感謝いたします。

参考・引用文献 ※不備がある場合は改めますのでお手数ですがご連絡ください。
□ 魚類自然史研究会会報 ボテジャコ 創刊号 魚類自然史研究会発行 1997
□ 山渓カラー名鑑 日本の淡水魚 初版 川那部浩哉・水野信彦編 監修 山と渓谷社 1989.11.1
□ 山渓カラー名鑑 日本の淡水魚 2版 川那部浩哉・水野信彦編 監修 山と渓谷社 1995.9.1
□ 山渓カラー名鑑 日本の淡水魚 改定版 川那部浩哉・水野信彦・細谷和海編 監修 山と渓谷社 2001.8.25
□ 淡水魚 9号 財団法人淡水魚保護協会 1983.9.5
□ 原色日本淡水魚類図鑑 改訂版 宮地傳三郎・川那部浩哉・水野信彦 著 保育社 1974
□ 日本産魚類検索 全種の同定 第二版 中坊徹次編 東海大学出版会 2000.12.20
□ 日本のコイ科魚類 中村守純 資源科学研究所 1969
□ 岐阜県の絶滅のおそれのある野生生物 岐阜県レッドデータブック 岐阜県 2001.3
□ 日本の重要湿地500 環境省自然環境局 2002.2
□ 第44回魚類自然史研究会要旨集 2007.3.10
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