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■ ウナギの保存方法 ■


ウナギが一度に食べきれないほど釣れたときは、 捌いてからジッパー袋に入れ、冷凍庫で保存します。 上の写真は全長74.5cmを6月27日に釣り、6月28日に捌いて冷凍庫へ入れ、 7月15日(18日後)に取り出し、凍ったままフィッシュロースターで50分ほど焼いて、 蒲焼にしたものです。味は97/100点(脂度数5+美味度数5)でした。 このように冷凍しても美味しく頂けます。


ウナギを捌かずにそのまま冷凍すると、解凍作業とその時間が必要になります。 また、解凍したつもりでも、内部がまだ凍っていたりすると、 捌く際に凍った部分と骨の区別が難しくなり、誤って中骨を切ったりするなど、失敗の原因になります。 逆に解凍が行き過ぎると、身の腐敗が進むため、味が落ちます。 捌いた状態だと、冷凍庫から取り出して、すぐに焼き始められます。 そのためどちらかと言えば、捌いてから冷凍する方が望ましいです。

●泥抜きは気持ちの問題
自然で釣れたウナギは、綺麗な水でしばらく飼うと、泥臭さが無くなると、真しやかに信じられています。 餌を吐き出したり消化して、腸は綺麗になりますが、肝吸いや肝焼きを食べるのであれば、水で洗えば良いことです。 内臓も一緒に食べるコイやテナガエビは、泥抜きをした方がより良いと思います。 しかし、蒲焼にする部分は主に身のため、内臓が綺麗になっても意味がありません。 生きた魚の身に泥(シルト)が入っていたら、 有明海など干潟の生物は泥まみれですが、泥抜きして売っているわけではありません。 泥中で捕られたチワラスボC種を、捕った翌日に味噌汁で食べましたが、全く泥臭くなかったです。

海に棲むマダイは塩辛くありません。 生きた魚は塩分など、水からを取り込むものを、体で調節しているからです。 これが死ぬと塩漬けになります。 生きたウナギを水道水へ入れて、1〜2週間という短期間で、身まで変わるものではありません。 野菜を糠に漬け込むような感覚で、生きた魚を捉えることは出来ません。 冬場に泥中で潜むウナギを引っ掛けるウナギ掻き、やすで刺して捕ることもあります。 ウナギが刺さって死ぬため、泥抜きはとても出来ません。この場合は泥抜きが出来ないから臭いでしょうか。 もしそうであれば、こうした採集方法は、消えていることでしょう。 泥抜きはアサリの砂抜きなどからくる先入観だと思います。 泥抜き迷信説は「天然うなぎ釣り!」にも記述があります。


私は臭いに敏感な方で、臭いものは食べられません。 ウナギはたいてい釣った当日か翌日に、蒲焼にして食べますが、臭いことは滅多にありません。 臭みが気になるのは、焼き足らない(全長50cmであれば25分以上は焼く)ことが大半だと想像します。 昔ながらの鰻屋さんは、注文して30〜60分も待つことがあります。 本職は割き・串打ち・飯を装うは5分と掛からないため、時間を掛けて焼いて、臭みを消しているのです。 焼き足らない鰻屋さんで、臭い蒲焼も食べましたし、養殖ウナギを生で買って焼きましたが、焼きが甘いと臭くなります。 泥抜きしても臭みが抜けない個体もいるという方がいます。 それは泥抜き不足や、ウナギの個体差ではなく、ほとんどが焼きの失敗だと思います。 確り時間を掛けて、じっくりと焼けば、臭みは抜けます。逆に泥抜きしても、焼きが甘いと臭くなります。 焼き一生という格言があるように、ウナギはサンマと同じ感じで焼いて、美味しく食べられるものではありません。

これまで様々な場所の天然ウナギを食べました。洗剤を多量に含む温泉排水の小河川で釣れた個体は、少し洗剤の臭いがしました。 ウナギの表面(粘膜・鱗・皮)に、洗剤が浸透付着したものだと思われます。 こうした泥ではなく、化学物質による臭いが、流れ続ける場所は、焼きでは解決できない個体も希にいます。 当然ですが、泥抜きやぬめり取りを行っても、同じことだと思います。 そうした汚染度の高い場所(仲間内での隠語は③ポイント)は、初めから釣っても食べられないと見なすべきでしょう。 特に検査データの乏しい、いわゆるドブ川の個体は、多量や継続的に食べることで、 ダイオキシン類や重金属(水銀やカドミウムなど)の過剰摂取になる危険性もあります。 また、2011年3月以降は地域によって、放射性物質のことも考えないといけなくなりました。


自宅で泥抜きする場合は、釣り場から元気な状態で持ち帰る必要があり、 弱ったり死んだ個体は、食べられずに逃がすしかありません。 また、衣装ケースなどで泥抜きする場合は、費用・場所・手間・時間が掛かります。 ケースから逃げ出して道路に出たり、部屋を動き回って、床に毒の粘液が付いたり、 死んで腐敗して食べられなくなる恐れもあります。1〜2週間も絶食すれば身は痩せて味が落ちます。 泥抜きは意味が無いどころか、臭みが消える保障もないのに、マイナス面だけは増えることになります。 これだけ書いても慣例や儀式として、 泥抜きしないと気が済まない方もおられると思います。 それは個人の自由ですし、食べ物には気持ちも大事なため、私は泥抜き行為を完全には否定しません。

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